図学教育の現況③ 〜図学は不要か?

前述のように、図面を手書きで描くことは当時の状況では当然のことであり、その製図を支える図形の解法に関する教育である図学が、製図だけでなく、国力の向上のためのものづくり教育として、理系文系に限らず、義務教育から大学全般の一般教育の中に取り入れられたと思われる。

しかしながら、先ほどのCADやコンピュータの発達により、現在図形を正確に描くことはコンピュータのソフトウェアを使うことで誰でも簡単に行えるようになり、3DCG技術の発達によって、3次元形状を2次元平面に描写することやその逆もコンピュータで自動的に行うことができるようになった。モンジュが確立した図形を解く方法は、コンピュータサイエンスにおけるCGを開発する研究者や製図に関わる人たち(建築や機械設計、製品デザイン)にとって重要な学問ではあるが、それ以外の人たちには設計から製造の間がコンピュータというブラックボックスの中で行われても何ら問題ない時代に突入しつつある。そろばんが一切できなくても電卓で事足りる時代になったのと同様に、これは不可逆な流れだと予想される。

では、製図教育のプレ教育として必要とされていた図学は、大学教育における一般教育上の科目として必要なくなったのか。これは図学学会でも数十年議論されているところではある。そして、様々な所で図学不要論が上がっている現状に対して、旧来の図学研究者は反論を繰り返してきているが、感情を抜きにしてこの問題に立ち向かっているとは思えないと私は感じる。大きなパラダイムシフトが起きている現在、図学教育者は暗号解読のような図形幾何学は一般教育としての存在価値を失ってしまったという現実を受け入れる必要がある。

私自身は、工業大学で機械設計を学んだ後、映像プロダクション、印刷会社、CD-ROM、DVDからウェブサイト制作に携わった。特に、映像業界ではフィルムやテープの時代からデジタル編集の時代へ、印刷業界ではシステム管理者としてフィルム製版からCTP、オンデマンド印刷というパラダイムシフトを目の当たりにその工程の再構築に関わった。大学に関しては、工学、芸術工学、美術という分野を渡り、分野の違いから生まれる思考の違いを肌で感じた。このような経験からすると、すでに旧来の図学教育の存在意義は工学系を除いて消滅していると感じる。

改めて述べておくが、私は図学が全て必要ないと考えているわけではない。今後も専門分野ではそれを必要とすることも多いと思われる。しかしながら、大学生全般が学ぶ一般教育という意味ではすでに意義を失っていると感じる。図学はすでにその大きな役目を終え、先人が解明した図法幾何学はコンピュータのソフトウェアを通していつでも簡単に利用できるようになった。図学という体裁を解体し、一部の投影法や概論を取り入れる程度に留め、視覚表現としての図の扱い方や3DCGやCAD、デジタルファブリケーションを実践的に扱う方法を学んだほうが、より大きな可能性を持っていると考える。